釣りとは?

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ある番組を見ていたら、「開高健」の人生と釣りについてやっていた。


作家であった彼は、世界中を飛び回りながら様々な釣りに挑み、文章という形で作品を残したわけだが、釣りというものが彼の人生でどのような位置や面積を占めていたのか考えさせられる。




彼が釣りに魅了されたのか、魚が好きだったのか、自然を愛していたのか、それとも、旅行者だったのか。はたまた、作家であったのか、釣り人だったのか。




そんな番組を見ていたら、あの映画を思い出した。

「リバーランズスルーイット(A River Runs Through It)」である。


ロバート・レッドフォード監督、ブラッドピット主演のこの映画は、モンタナの大自然の中での一家庭の変遷を描くものだ。

大きな自然、流れ続ける川、変わっていくもの、変われない人を美しくありのままの情景描写で描いている。

描き方は、


家族

兄弟

教会

フライフィッシング

友情

愛情


そしてそこにある自然だ。




兄役がナレーションの声なのだが、映画のエンディングでフライロッドを振りながら老齢になった彼はこう言う。


「妻を含め親しい人はこの世を去った」


「私は川のとりこだ」





気づけばとりこになっているのが釣りなのだろうか。

開高健もそうだったのだろうか。

捕らえているのは魚なのだが、人がとりこにされている。そこまでに人を魅了するのが、釣りなのだろう。





開高健も引用した中国の諺に、

「永遠に幸せになりたいなら、釣りを覚えなさい」というのがある。


腹を満たす技術としての釣りという概念も含まれると思うが、人を夢中にさせる活動というのも当然あると思う。







人−自然−水−釣り という構図でみると、一番人に近い娯楽といえる釣りは、釣り方も道具もどんどん変わっていくけど、やっぱり面白い。こんな釣りが続けていければいい。


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