雪梅と戦士

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中国広東省では季節の変化が乏しく、季節感があまりない。

そのため、四季を感じさせるものにより魅かれ潤いを感じる自分に気づく。


ネットで見た「雪梅」。

なんと目に麗しく風情がありそしてその温度に背筋のしゃんとひきしまる絵なのだろう。


今年は異例の寒さに手をこすり息を吐く旧正月後の広東省であったが、ひときわ多めの雪梅を運んできてくれたそうな。




自然と「雪梅」を検索、ある詩が目を引いた。



梅有り雪無ければ 精神ならず

(うめありゆきなければ せいしんならず)


雪有り詩無ければ 人を俗了す

(ゆきありしなければ ひとをぞくりょうす)


薄暮詩成って 天又雪ふる

(はくぼしなって てんまたゆきふる)


梅と併せ作す 十分の春

(うめとあわせなす じゅうぶんのはる)




解釈はこうなってた。

<梅が咲いていても雪が降っていないと風景が生き生きとしたものにはならない。雪が有っても詩心が起きないようでは、せっかく の風景も平淡なものになってしまう。

夕暮れに詩が出来上がり、雪が降ってきた。梅と雪と詩を合わせて春の趣を十分に味わえるというものである。>




中国の宋の時代に「方岳」という人が読んだ詩だそうだ。

安徽省の出身のようである。安徽省にもきれいな梅が咲き、雪がしとしとと降るのだろうか。あるときは解けてからまた凍りつきピンクの梅に稟とした美しさを添えるのだろうか。この時期を春節とは良く言ったものである。




ということを思いながら、暑い夏に向けて活躍してくれそうな新規参入のルアーたちを愛でることとした。粒ぞろいの戦士たち、たくさん咥えられて帰ってこいよ!


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